鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術
放置リスクや、受診・術後の注意点は?
医療法人慶仁会 城山病院
(群馬県 太田市)
最終更新日:2025/09/29


- 保険診療
鼠径ヘルニア、いわゆる脱腸は、太ももの付け根(鼠径部)から腸などの臓器が腹膜外に飛び出す病気で、小児の場合は先天性の要因、中年以降は加齢による筋力低下が原因で発症することが多い。自覚症状としては片側あるいは両側の鼠径部のふくらみや痛みであり、放置すると腸閉塞や腸壊死など重大な合併症を起こすこともあるため、自覚症状があれば早期に医療機関を受診することが望ましい。治療は手術のみで、従来の鼠径部切開法に加え、現在は患者の負担の少ない腹腔鏡下の手術が主流になりつつある。そこで、2015年に腹腔鏡下手術を導入して以来、ほとんどの症例を腹腔鏡下ヘルニア修復術(TAPP法)で対応する城山病院の普光江嘉広(ふこうえ・よしひろ)消化器外科部長に、鼠径ヘルニアについて詳しく聞いた。(取材日2025年9月3日)
目次
放置すると重大な合併症を起こすことも。治療法は手術のみで、傷が小さく負担の少ない腹腔鏡手術が主流に
- Q鼠径ヘルニアとはどんな病気ですか?
- A
鼠径ヘルニアは一般的に脱腸といわれ、その名のとおり腸が伸びた腹膜という「ヘルニアのう」を介して皮膚の下に盛り上がって出てくる状態を言います。先天的な要因で起こることが多く、生まれた時からヘルニアがある場合は乳幼児期に手術をします。成人の鼠径ヘルニアは、年齢とともに筋肉が弱くなることで発症するほか、子どものときにヘルニアを見逃していた、あるいは、生まれた時からヘルニアはあったが大きな症状がなく中高年になってから発症するパターンも考えられます。特に成人でも20歳ぐらいで発症する人は、筋肉の衰えが原因とは考えにくいため、先天的なヘルニアが原因だと推測されます。
- Q鼠径ヘルニアの初期症状にはどんなものがありますか?
- A
わかりやすいのは、左右の足の付け根が膨らみ、患者さん自身が気づいて受診されることがほとんどです。鼠径部の痛みだけで受診し、検査をするとヘルニアだったということもあります。また、鼠径部の膨らみと痛みの両方が起こる場合もあります。
- Q鼠径ヘルニアかなと思ったら何科に相談すればいいでしょうか。
- A
消化器外科部長の普光江嘉広先生
基本的には消化器外科の領域になるため、消化器外科あるいは外科を受診しましょう。時々、ずっと前から膨らみに気づいていたけれどそのままにしていたという人がいますが、時間がたつにつれ、ヘルニア門というヘルニアの出口が大きくなってしまい、手術をする際に通常よりも時間がかかり患者さんの負担になることがあります。そのため、鼠径部の膨らみに気づいたときは、早めに消化器外科を受診することをお勧めします。
- Q鼠径ヘルニアは放置するとどんなリスクがありますか?
- A
鼠径ヘルニアは、立ち上がったときや力んだときに腹圧がかかり鼠径部が膨らみますが、横になったときや自分で軽く押し込むと平らな状態に戻ります。このように出たり引っ込んだりを繰り返しているうちはよいのですが、長期間放置することで危険なのがヘルニア嵌頓(かんとん)の状態です。ヘルニア嵌頓とは腸が飛び出して元に戻らなくなることで、腸に行く血流が阻害されることによる腸壊死や腸閉塞を併発し緊急手術になることもあります。ヘルニア嵌頓が疑われる場合は速やかに専門家に相談することが重要です。
- Q鼠径ヘルニアの治療法について伺います。
- A
鼠径ヘルニアは基本的に薬で治る病気ではなく、治療は手術のみとなります。なぜなら、ヘルニアの出口(ヘルニア門)を薬などで閉じることはできないからです。昔から多く行われてきたのが鼠径部切開法という方法で、ヘルニアのうを処理した後、ヘルニア門を周囲を筋肉などで閉鎖していました。その後、メッシュと呼ばれるポリプロピレン製のシートでヘルニア門をふさぐ方法が主流になってきました。また、1992年頃から国内でも腹腔鏡手術が普及し、鼠径ヘルニアに対しても腹腔鏡手術が行われるようになりました。当院では2015年から腹腔鏡下ヘルニア修復術(TAPP法)を積極的に行ってきました。
- Q鼠径ヘルニア腹腔鏡手術のメリット・デメリットを知りたいです。
- A
数多くの症例を重ねており、テーラーメイドの治療を心がける
鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術のメリットは傷が小さいことで、当院では5mm程度の傷3ヵ所で実施しています。ほかには、鼠径部切開法と比べて、腹壁の筋肉、脂肪などの挫滅も格段に少なく、患者さんの負担を軽減でき、早期退院が見込めます。さらに、鼠径部切開法と比べてメッシュを確実に留置することが可能であり、再発予防に役立つと考えられています。デメリットとしては、全身麻酔で行うため、心臓や肺に合併症がある方や高齢の方は麻酔によるリスクがゼロではないことです。また、過去に腹部の手術をされた方で癒着があった場合も局所麻酔による鼠径部切開法のほうが適しているため、患者さんの状態に合った方法を選択することが重要です。
- Q手術後の生活で注意すべきことはありますか?
- A
傷が小さく、痛みも軽度なため、早期退院も可能
当院では、手術して2日間程度で退院される患者さんが多く、手術後は普段どおりの生活を送っていただいています。ただし、挿入したメッシュが手術直後は組織と完全に密着していないためずれる可能性もゼロではありません。いずれは自然に固まりますが、ずれると再発のリスクが高まるため、筋トレや、重い物を持つなど体に負荷がかかる趣味や作業は、2週間程度は控えましょう。傷が小さいので術後の痛みはほとんどありませんが、手術をした場所に違和感が残る場合があります。これも最終的には何も感じなくなりますので、安心していただければと思います。

普光江 嘉広 消化器外科部長
1990年昭和大学医学部卒業。1999年より城山病院での診療を開始。2020年同院副院長に就任。医学博士。昭和大学消化器一般外科兼任講師。日本外科学会外科専門医、日本消化器外科学会消化器外科専門医、日本消化器内視鏡学会消化器内視鏡専門医。専門は腹腔鏡下手術、消化器内視鏡。