ほぼすべての臓器のがんに対し
先進的な治療と研究に取り組む
神奈川県がん診療連携拠点病院として、県内のがん診療の中心的な役割を担うのが『神奈川県立がんセンター』だ。県内の医療機関とも連携を図り、県民に最良のがん医療を提供することがミッションである同院は、小児がんを除くほぼすべての臓器のがん治療に対応している。がん治療は、手術と放射線治療、抗がん剤などによる薬物療法が3大治療といわれており、同院では、内視鏡手術に加え、平成30年には手術支援ロボットを導入するなど、体に負担の少ない手術を取り入れる一方で、手技的に難度の高い手術にも積極的に取り組む。
放射線治療では、国内での稼働数が少ない先進の重粒子線治療装置を備えた専門施設「i‐ROCK(アイロック)」を平成27年に開設。通常の放射線治療が効きにくいがんにも効果が期待できる重粒子線治療を行っている。
薬物療法については近年、分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬など、さまざまな新薬が開発されるなど、がんの薬物療法が大きく変化する中で、患者が安心して、最良の治療を受けられるよう多岐にわたる専門職が薬物療法に関わっている。
加えて、令和元年には、「がんゲノム医療拠点病院」に指定され、「がんゲノム診療部門」を設置するなど先進のがん診療にも取り組むほか、がんの診断や治療に関する臨床に直結した研究開発にも注力。
がんを取り巻く医療が絶えず進化し、急速に進歩する中で、病院と臨床研究所が一体となり、より良い診断と治療を提供できるよう力を尽くしている。
総長メッセージ
中山 治彦総長
1982年群馬大学医学部卒業。国立がんセンター中央病院呼吸器外科レジデント、スタッフなどを経て1999年に神奈川県立がんセンターに着任。2001年より同院呼吸器外科部長に就任、その後副院長を経て2019年4月より現職。日本外科学会外科専門医、呼吸器外科専門医。診療においては、病にかかった人を「治す」だけでなく「癒す」ことも忘れないように心がけている。
2018年8月より手術支援ロボットを導入。医師・看護師・臨床工学技士がチーム一丸となって手術に取り組む
看護局ではがんを治療する一人ひとりの患者とその家族に寄り添いサポート。「癒やし」を提供する
病気を治療しながら心も癒やされることが
本当のがん治療であるという思いを大切に
神奈川県内はもとより、全国的にもトップクラスのがん診療に取り組む同院では、多くの大学病院や基幹病院でがん治療が受けられる現在において、がんが進行しているなど、他院では治療の難しい患者が増えているという。
「手術と放射線治療、薬物療法のがん3大治療に加えて、遺伝子治療や免疫療法まで、がんに対するほぼすべての治療手段がそろい、先進の治療をしっかりと受けることができるのが一番の特徴です」と中山総長は話す。
さまざまながんに対する専門家が集まる同院では、症例ごとに外科の医師と内科の医師、放射線科の医師、病理診断を専門とする医師などが合同でカンファレンスを行い、一人ひとりの患者に対しベストと思われる治療方針を決定。さらに、免疫療法や遺伝子治療など新しい治療方法についても、それぞれに精通する医師がそろっており、高い効果が望める治療を患者が安心して受けられる体制を整えている。加えて、機能障害を改善し生活の質向上をめざすリハビリテーションや、患者が自分らしく過ごせるよう外見の悩みの相談を受けつける「アピアランスサポートセンター」も設置するなど、患者を全方向から支える。
2人に1人が、がんにかかるといわれる時代だが、がんと診断されると誰でも落ち込み、患者と家族はいろいろな不安や悩みを抱えるという。
「当院には、治療をすることに加えて、患者さんのストレスを軽減し、サポートする専門職がたくさんいます。病気を治しながら心も癒やされる。そういう形が、本当の意味でのがんの治療であるという思いを持ち、職員が一丸となり精一杯努力してまいります」
TOPICS
がんゲノム医療
効果的な治療をめざす遺伝子検査
がんゲノム医療を提供する機能を有するとして「がんゲノム医療拠点病院」に指定されている同院では、数百種類のがんに関わる遺伝子について一度に調べる「がん遺伝子パネル検査」を実施。その結果、遺伝子異常が見つかれば、それに対応した分子標的薬をはじめとする薬物療法など、高い効果が見込める治療につなげることができるという。
エキスパートパネルでは、検査で検出された遺伝子型の解釈に基づき、最適な治療方針を検討している
呼吸器内科
呼吸器内科医長
村上 修司先生
2002年横浜市立大学医学部卒業。国立病院機構横浜医療センター、横浜市立大学附属病院、国立がん研究センター中央病院での勤務を経て、2019年より現職。日本呼吸器学会呼吸器専門医。
胸部エックス線検査やCTで異常を指摘された患者に対して気管支鏡などを用いた診断を実施
かかりつけ医師や他の医療機関からの紹介状を得た上での受診を呼びかける
7人のベテラン医師が個性を生かし
呼吸器のがんの診断と薬物療法に取り組む
肺がんや悪性胸膜中皮腫、胸腺がんなど呼吸器のがんを対象に、その早期発見と診断、薬物療法などの治療に取り組んでいるのが呼吸器内科だ。それぞれを得意とする7人のベテラン医師が、個性を生かした診療を実践している。
同科では、肺がんをはじめとする呼吸器のがんやその疑いで同院を受診した患者の窓口として、マルチスライスCTによる画像診断や気管支鏡検査による組織診断を行っている。手術や放射線治療、薬物療法など、治療方針はキャンサーボードで決定。主に進行した肺がんで手術による治療が難しい患者に対し、抗がん剤などの薬物療法による治療や、薬物療法と放射線治療を組み合わせた治療に取り組んでいる。薬物療法では、標準治療に加え、臨床試験や治験への参加も積極的に進めており、患者やその家族に選択肢も含めた情報を十分に提供した上で、患者の同意のもとで治療を行っている。
また、遺伝子変異を見つけるための遺伝子パネル検査も積極的に実施しており、遺伝子変異を持つ患者への効果が期待できる分子標的薬による治療へつなげているという。
3年前に免疫チェックポイント阻害剤が登場し、病気が長期間制御出来る患者が増えているという。「肺がんは予後が悪いというイメージを変えたいです」と村上修司呼吸器内科医長。
「治療薬によって治療スケジュールや副作用の種類、効果は異なりますが、副作用を抑える薬も改良されてきたことで、多くの薬物療法が外来で可能になりました。ライフスタイルや治療への思いは、それぞれの患者さんで異なります。何を大切にしているのかもお聞きした上で、治療薬を選択します」と、患者や家族の気持ちや人生観に寄り添うことを大切にしていると話す。
「がんの性質や病状はもちろんのこと、患者さんのライフスタイルも考慮した上で治療方針を決定するのが真の個別化医療だと考えます」
TOPICS
各専門の医師で治療方針を決める
キャンサーボード
呼吸器内科や呼吸器外科、放射線治療科、重粒子線治療部門、病理診断科の医師が一つのグループとなり、診療や研究にあたる呼吸器部門。週に1回は、これらの医師が集まる「キャンサーボード」を開催し、それぞれの視点から意見を出し合いながら、グループで治療方針を決定する。一人の医師の意見に偏らない治療が受けられる体制を整えている。
モニターに投影された診療情報のスライドを真剣なまなざしで見つめる医師たち
重粒子線治療施設
センター長
鎌田 正先生
1979年北海道大学医学部卒業。放射線医学総合研究所重粒子線治療センター長、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構臨床研究クラスター長、放射線医学総合研究所病院長などを経て2019年より現職。
重粒子線治療室。照射ノズルを使ってさまざまな角度から重粒子線を病巣に照射
重粒子線治療施設「i-Rock」
低侵襲で高い効果が狙える
先進の重粒子線治療を実践
放射線治療の中でも近年、特に注目を集めている「重粒子線治療」。同院は重粒子線治療ができる国内の数少ない施設の一つとして、県の内外から訪れる患者に、低侵襲で高い効果が見込める先進のがん治療を提供している。
炭素の原子核を光速の7〜8割程度まで加速し、体内の奥にあるがん細胞に照射することで、がんを治療する重粒子線治療。線量を病巣に集中できることから、がん細胞の部分だけに重粒子を当てることができるため、ほかの正常な臓器にはほとんど影響がないほか、がんに対する通常の放射線治療よりも治療効果を高められると考えられている。加えて、平均3週間程度という短い期間で治療が終わるのも大きな特徴だ。
現在は、前立腺がんや骨・筋肉等にできる肉腫、頭頸部のがんが保険診療の対象であるほか、肺がんや肝臓がん、膵臓がん、手術後に再発した直腸がん、転移性の腫瘍の一部については、先進医療の適用となる(350万円)。
「できるだけ一方通行にならないように、患者さんと共通の理解のもとで治療を行うことを心がけています」と鎌田正センター長は診療モットーを説明。100%治る、副作用がまったくないなど過度な期待をしている患者もいることから、正しい情報をしっかりと伝え、治療を受けてもらうことを大切にしている。
同院のような重粒子線治療を受けられる施設は、世界的にも数少ない。
「当院で重粒子線治療が受けられることは、地域の方にとって、大きなメリットです。そのメリットを、うまく活用してほしいと思っています」