地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター
(東京都 板橋区)
許 俊鋭 センター長
最終更新日:2020/11/25
高齢者の心身特性に応じた高度な医療を
医療・介護連携が充実しているという板橋区。その中枢を担うのが、「地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター」だ。医療と研究の一体化のメリットを生かした心血管医療、がん医療、認知症医療を重点医療とし、救急医療にも力を入れている。2013年の移転に伴い、医学の進歩を取り入れた先進の医療をより多岐にわたる分野で提供できる体制が整った。「高齢者が健やかに長生きできるよう、本当の幸せとは何かを考えた上で、心身の特性に応じた適切な医療を提供していきたい」と話す許俊鋭センター長に、同院の特徴や診療方針について話を聞いた。(取材日2017年5月9日)
まずは、施設の全体像からご教示ください。
医療法定床550床の高齢者医療に特化した病院で、敷地内に研究所を併設しています。診療科目は多岐に渡り、診療科や部門の枠を超えた全人的かつ包括的なチーム医療を実践しています。また、医療と研究の一体化というメリットを生かし、高齢者の臨床で生じた問題を即座に研究に回す一方、研究所で得られた成果はいち早く臨床現場に反映させています。敷地内の今工事中に区域は、大規模災害時に避難場所としても利用できる駐車場と備蓄庫が建設されます。この10000平米ほどの広い駐車場があることで、2013年の新病院移転の際にも敷地内に新しい病院を建設でき、外来診療を一週間休止しただけで入院診療を休業せず、速やかに移転が終了しました。数10年後の将来、次の病院再築の時にも敷地内で建て直しが可能で患者さんの負担も少なくて済むでしょう。東京都の手厚い支援のおかげでこうした環境を維持できることに、心から感謝しています。
こちらの病院には、非常に長い歴史があると伺いました。
当院の歴史は、1872年に設立された救貧施設「養育院」に遡ります。時代の求めに応じて医療・福祉事業を展開した養育院からは、精神病・ハンセン病・結核・児童福祉・高齢者福祉対策など、さまざまな専門施設が生まれました。そもそも、養育院を生み出したのが寛政の改革で松平定信が困窮者救済のために実施した七分積金であることを考えると、江戸時代の医療と福祉に当院の源流であるとも言えるでしょう。1882年に東京府会で決議した養育院廃止論には「日本の資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一が立ち向かい、公営廃止後の経営を受託して現在の礎を築きました。養育院設立から100周年となる1972年に東京都養育院附属病院となり、1986年に「東京都老人医療センター」に改称。2009年、東京都老人医療センターと東京都老人総合研究所の経営を統合して現在の形になり、2013年に新病院・新研究所に移転しました。
入院日数短縮化が進む中、高い在宅復帰率を維持しておられます。
当院でも、病名によって手術などの診療群を分類し、入院期間を規定するDPCを導入しています。しかし、患者さんの年齢や高齢化に伴う心身特性が考慮されていない現状のDPCは、当院のように高齢者に特化した病院では自ずと入院期間が長期化する傾向にあり、経営を圧迫する側面があるのも事実です。ほとんどの患者さんが複数の疾患を持っている上、軽度のものを含めると入院患者さんの約40%が認知症を持つ中で、90%以上の在宅復帰率を維持するのは至難の業です。しかも、独居や老老介護の方の場合、退院後のQOLの維持を第一に考えて退院のサポートをしなくてはなりません。同居するご家族がいても、仕事の都合で週末にしか迎えに来れないため退院できないという方も珍しくないんですよ。少子高齢化が進む中で、高齢者の特性を踏まえてDPC基準を改定するか、高齢者の保険制度を見直していく必要があると思います。
重点的に取り組んでおられる分野についてお聞かせください。
心血管病、がん治療、認知症、救急医療が当院の4つの柱です。移転時にPET-CT、ハイブリッド手術室など先進の設備と技術を導入し、以前よりさらに先端かつ優れた医療を提供できる体制が整いました。心臓弁膜症では心臓を止めることなく大動脈弁を人工弁置換するカテーテル治療「TAVI」や胸部大動脈瘤に対するカーテール治療「ステントグラフト治療」など、ハイブリッド手術室を用いた多くの手術実績があり、高齢というリスク因子があっても手術適応となるケースは珍しくありません。手術に際しても、年齢だけでなくその人個人の心身特性に応じて評価することが大切です。特に、手術の侵襲によって進行する可能性がある認知症とフレイル(虚弱)は非常に重要な因子です。ロコモティブ症候群、サルコペニアなども視野にいれ、「歩いて帰れるかどうか」を判断基準にしています。
今後についてお聞かせください。
高齢者の健康寿命の延伸には、疾病の早期発見・早期治療に加えて、フレイル、ロコモティブ症候群、サルコペニア、認知症といった高齢者特有の病態に対する予防と治療が不可欠です。単なる高機能な病院に留まらず、臨床と研究の連携を生かし、高齢者のQOLを維持する優れた治療法をどんどん生み出していきたいです。米国では72歳まで実施している心臓移植もいずれは手がけたいと思っています。また、研究所のほうでは、先進的な研究にも積極的に取り組んでいきます。現在も、若返りや再生医療など先進的な研究を行っているんですよ。アメリカでは、若い人の血漿を輸血すると認知症が改善するという研究データもあり、さまざまな可能性があると思っています。ライト兄弟が世界初の有人動力飛行に成功した後、人々は地道に研究と開発を続け、飛行距離を伸ばしてきました。私たちも、50年単位・100年単位で、世の中に夢を与える研究をしていきたいですね。
許 俊鋭 センター長
1974年東京大学卒業、三井記念病院外科入局。ハーバード大学医学部研究員、埼玉医科大学第一外科主任教授を経て、2007年に同大学名誉教授。東京大学特任教授を務めた後、副院長として東京都健康長寿医療センターに赴任し、2015年より同センター長。専門は心臓血管外科一般、補助人工心臓治療、心臓移植治療で高度な心臓外科手術のエキスパート。