医療法人財団医道会 稲荷山武田病院
(京都府 京都市伏見区)
土屋 宣之 院長
最終更新日:2025/08/04


患者と家族の声に耳を傾け、思いに寄り添う
1934年に現在の場所に設立された「稲荷山武田病院」は、2024年6月より35床の緩和ケア病棟を持つ独立型ホスピスとしての新たな歴史をスタートさせた。がんという病気を抱えた患者がその人らしい毎日を送れるよう、家族が納得して患者の最期に向き合えるよう、患者と家族に寄り添った支援を提供している。身体的・精神的な苦痛の緩和、生き方などについての意思決定のサポート、そして一人ひとりの考え方を重視した生活の質(QOL)の向上が、同院の緩和ケアの3本柱。医師、看護師、公認心理師、そしてチャプレンと呼ばれる特定の宗教・宗派に偏らない病院つきの僧侶が、それぞれの立場で患者、家族の話に耳を傾け、寄り添い、不安定に揺れ動く思いを感じ取ることを何よりも大切にしている。さらに、病院内での緩和ケアのほか在宅緩和ケアにも対応し、在宅患者とその家族のサポートにもしっかりと取り組んでいる。「物語の主人公はあくまで患者さんとそのご家族です」と語る院長の土屋宣之先生に、同院の緩和ケアの取り組みや特徴、地域の病院との連携について語ってもらった。(取材日2025年7月18日)
病院の特徴について教えてください。

当院は武田病院グループの病院で、外来診療の機能とホスピスとしての機能を持っています。以前は一般患者さんの入院も受け入れていたのですが、2024年6月に独立型ホスピスに移行しました。独立型ホスピスは私の長年の夢でもあったのです。私は国立京都病院(現・京都医療センター)の外科でキャリアをスタートしました。当時の師匠にあたる先生は「がんで手術をした患者さんは亡くなるまでは主治医が診るべき」という考えを持っておられ、ずっとその方針を守り、外科の診療と並行して、緩和ケアや看取りにも対応していました。2011年に京都医療センターに緩和ケア病棟を立ち上げたのを契機に緩和ケア一本に絞り、定年後に当院に赴任したのです。キャリアの締めくくりに、ライフワークでもある独立型ホスピスをつくるという思いを抱いていたのですが、新型コロナウイルスの感染拡大で中断を余儀なくされ、ようやく昨年に夢を実現することができました。
独立型ホスピスに移行されたのはなぜですか?

京都市の南地域にはいくつかの緩和ケア病棟があるのですが、その多くが12、3床〜20床くらいまでの規模なので、がんの末期で余命の短い人が優先的に入院されます。優先的に緩和ケア病棟に入院できる状態ではないけれど、自宅でお世話するのはちょっと厳しいという状態の方は、慢性期の病院や介護老人保健施設などを使いながら入院を待つというのが現状です。当院は35床あるのでベッドの空きをやりくりしやすく、入院を希望される方や、在宅療養の患者さんでご自宅で最期を迎えるのが不安という方にも対応できます。急に電話がかかってきたときに「どうぞ」と言える体制を整備することで、地域貢献にもつながると思います。こうしたバックアップ体制を敷いたことで、在宅で最期を迎えたいという方の割合が増えました。ご家族も、何かあっても入れるところがあるという安心感があると、「頑張って自宅で看取りたい」と思えるようです。
こちらの緩和ケアの特徴はどのような点にありますか?

患者とご家族の双方の話を根気よく聞き、会話するための時間を持ちます。こうした考え方を持って、実行しているのは当院ならではだと思います。一般的に急性期の病院は病気を治そうとします。当院の場合は、がんの治療法がない方が来られるので、治そうとしても患者さんが苦しい思いをするだけです。また、患者さんはやがて最期を迎えますが、残された家族に後悔があるとずっと悔やむことになりますから、ご家族のこともしっかり考えなくてはなりません。とはいえ実践するとなるとかなり大変です。患者さんとご家族の意見が異なる、あるいは家族の中でも意見が食い違うことは珍しくありません。だからこそ、根気よく聞いて、話をして、全員が同意できなくても、「まあ仕方がないか」と納得できるポイントを見つけます。突き詰めて話をすることで、残った家族が後悔することは少なくなり、話を重ねると意見が変化してきて納得や同意に至ることもよくあります。
多職種のスタッフがおられると聞きました。

患者さんとご家族を同等に見るということは、大変なことです。看護部長以下2人の看護師長、看護師さんたちの理解と努力と辛抱がないと成り立ちません。心療内科の医師、公認心理師、管理栄養士、リハビリテーションスタッフ、そして住職の資格を持つチャプレンの役割も大きいですね。ただし、多職種が協力して、より良い方法を見つけようなどと考えるのは間違いです。正解やベストな方法とか理想形はありませんし、後悔がないように生きさせてあげようなどと考えるのは、おこがましいことだと思います。主人公はあくまで患者さんとご家族です。人の感情は揺れ動くものですし、昨日と今日で考えが変わることもよくあります。そうした揺れる感情を受け取るためには、多くの聞く耳が必要ですし、話を聞く窓口として、さまざまな職種のスタッフがいると考えています。揺れる患者さん、ご家族の思いに寄り添っていくのが当院の基本姿勢です。
地域のほかの病院などを熱心に訪問されているそうですね。

当院に入院したいので話が聞きたいけれど、当院まで来るのは難しい方にはこちらからその方の病院に出向いています。独立型ホスピスに移行した際、180通ほどの案内状を送付したので、それくらいの数の病院や施設を訪問しているはずです。当院に来ていただくと主治医の話は聞けませんが、私が出向けば、ご本人、ご家族、主治医のお話を聞けますからね。私と話をした後に、ご家族が見学に来られることもありますが、顔を合わせて話をするとお互いをより理解できます。結果、入院したいと思う方はその方向で調整しますし、やめておくという方はほかの施設を探されます。当院の直接の利益にならない場合でも、事務長や武田病院グループの理事長の理解があって続けられています。独立型ホスピスの経営は大変ではありますが、こうした働きかけを地道に続けながら、少しでも多くの方に独立型ホスピスについて知っていただきたいと思っています。

土屋 宣之 院長
1977年岡山大学医学部卒業。国立京都病院(現・京都医療センター)で外科医として多くのがん患者の診療に携わる。「手術をした患者さんは最期まで主治医が診るべき」という恩師の言葉に従い術後ケアにも熱心に取り組み、2011年には緩和ケア病棟を立ち上げる。2017年稲荷山武田病院院長に就任し、2024年同院を独立型ホスピスに移行。退職後は東北の無医村で地域に貢献するのが夢。