公立大学法人 奈良県立医科大学附属病院
(奈良県 橿原市)
吉川 公彦 病院長
最終更新日:2024/08/07
専門的な医療から身近な医療まで幅広く対応
奈良県の中ほどに位置する橿原市で、戦後から今日まで診療を重ねてきたのが「奈良県立医科大学附属病院」だ。現在は992床の病床と30を超える診療科や診療部門を備え、特定機能病院として高度な医療や救急医療の充実を図っている。同時に歴史的な経緯から「お近くの方にとっては、身近な頼れる医療機関という存在でもあります」と穏やかに語るのは、吉川公彦(きちかわ・きみひこ)病院長。放射線医学が専門で、同院が早くから注力してきた画像診断技術を治療に応用したIVR(画像下治療)のエキスパートであり、同院の変遷をよく知るドクターでもある。そんな吉川病院長のもとで現在は、地域で求められる高度急性期医療を集約して提供すべく、がんゲノム医療やハイブリッドERなど先進の診療体制を相次いで整備。高度生殖医療センターでは、がん等の合併疾患を持つ患者での妊孕性温存に取り組むという。「新たな医療を安全性に配慮しながら提供しつつ、当院の医療人には患者さんと人としてふれあう姿勢を大事にしてほしい」と話す吉川病院長に、同院の特徴や診療面でのトピックスを聞いた。(取材日2024年4月26日)
病院の歴史や地域での立ち位置をご紹介ください。
当院は1945年に、県の農業会が運営していた奈良県協同病院の診療を引き継ぎ、県立医科大学の附属病院としてスタートしました。それ以降診療内容や施設の拡充を重ね、現在は県の中核的な病院として、特定機能病院の承認や災害拠点病院、都道府県がん診療連携拠点病院、総合周産期母子医療センター、難病診療連携拠点病院などの指定を受けるように。治療が難しい患者さんをご紹介いただいたり、緊急性の高い高度急性期症例を積極的に受け入れ、「奈良県民を守る最終ディフェンスライン」という意識を胸に日々診療に努めています。一方で、近隣にお住まいの方々にとっては昔から親しんできた地域の病院でもあるため、大学病院としては外来患者さんや再診の方が非常に多いのも特徴です。当院としてはどちらの役割も大事に考えており、大学病院ならではの特殊な疾患や難治症例に加え、日常的な病気にも幅広く対応しています。
ニーズの高いがん診療ではどのような点に注力していますか。
当院でもがんの治療を受ける患者さんは多く、近年では大腸がんなどの消化器がん、膵臓がん、また白血病などの血液腫瘍や乳がんも増えています。薬物治療に関しては、2021年から腫瘍内科の診療を新たに始め、2023年にはがん遺伝子パネル検査やがんゲノム医療を実施できるようになりました。また放射線治療では強度変調放射線治療(IMRT)も行っているほか、手術ではロボット支援手術も適応領域が広がっています。それから、当院は1970年代の後半という早い時期から画像下治療(IVR)の研究・実施に注力していますが、がん領域では腫瘍の治療だけでなく、がんの痛みや諸症状の改善のためにIVRを活用する緩和IVRも実施。全身への負担が少ない緩和ケアをめざしています。がん相談支援センターも設けており、治療や生活、見た目の悩みなどに幅広く応じており、多くのがん患者さんが訪れるようになりました。
新設された高度生殖医療センターについて、お聞かせください。
がん治療にも関係することですが、病気があって妊娠出産を一時的に避けなければならなかったり、妊娠しにくい状態にある患者さんがいらっしゃいます。また今日では晩婚化や妊娠年齢の高齢化などで、社会全体の不妊症リスクも高まっています。そこで当院で新たに不妊治療を始めるにあたり、合併症のある患者さんでも妊孕性を温存しながら治療を進められるようにと、高度生殖医療センターを2024年4月に開設しました。一般的な不妊治療に加え、院内各診療科と連携した合併症の治療、内視鏡下手術と体外受精のハイブリッド治療、精巣内精子採取などの先進の技術や診療環境を駆使した治療によって妊孕性や生殖機能の温存を図り、将来の妊娠出産に備えていきます。なお、当院の「妊孕性温存相談窓口」では、県内にお住まいであったり県内の病院で治療を受けている患者さんからも、医療者を通じて妊孕性に関する相談を受けていますので、ぜひご利用ください。
救急医療でも、広域で重要な役割を担っているそうですね。
当院の救急科は高度救命救急センターとして、奈良県広域消防組合と共同して運用するドクターカーや県のドクターヘリと連携し、重症の患者さんにも迅速に治療を提供すべく努めています。またセンター内の設備も拡充を図り、2024年6月からはハイブリッドER室が稼働する予定です。これまで、救急搬送された患者さんはまずセンター内で診察を行い、必要があればCTやIVRなどのフロアへ移動して検査や治療を行っていましたが、ハイブリッドER室では患者さんを移動させることなく、その場で診察から各種の画像検査、開腹手術、IVRもできるようになります。移動のリスクやタイムロスが軽減され、急性期の治療に大きな威力を発揮すると期待しています。また当院は災害拠点病院でもあり、地域の病院や行政と連携しながら、広域災害に伴う患者搬送を想定した災害訓練なども実施していますし、DMATチームは遠方での災害派遣にも応じています。
地域医療における病院の役割について展望をお聞かせください。
当院の理念でもある「患者さんと心が通い合う医療人」を育成すること、そして奈良県で仕事をしたいと思う医師を増やすことは当院の重要な役割です。初期研修医の研修システムの充実にも力を入れ、奈良県内の研修医の定員枠がすべて埋まる「フルマッチ」を2回達成。ただ、働き方改革が進む中、限りある医療人材を効率的に配置するためには、各病院の役割分担を明確にしていく必要もあります。当院では高度急性期医療をより充実させるべく、近い将来には新棟を設け、日帰り手術・IVRなどの外来機能の拡充に加え、手術室やICUの増室計画を進めていますし、当院で治療を終えた患者さんには地域の病院へ移って治療を続けていただくなど、地域との連携もより強化したいと考えています。高い技術を駆使しながら患者さんの不安な心に寄り添い、「奈良県立医大で治療を受けてよかった」と安心して帰ってもらえる医療を提供していきたいですね。
吉川 公彦 病院長
奈良県立医科大学卒業。奈良県立医科大学附属病院にて研修、診療に従事し1991年米国Oregon Health Sciences University Dotter Interventional Instituteへ留学。帰国後は奈良県立医科大学放射線医学教室にて画像診断やIVRに注力し2001年より教授、2014年より奈良県立医科大学附属病院IVRセンター長を兼務。副院長を経て2020年より現職。