地方独立行政法人東京都立病院機構 東京都立神経病院
(東京都 府中市)
高橋 一司 院長
最終更新日:2025/01/22


神経難病を包括的に診る専門病院
脳神経疾患の包括的な診療に特化した病院として、専門性の高い医療を提供する「東京都立神経病院」。1980年の開設以来、40年以上にわたって脳神経疾患の診断、および治療学の進歩をけん引し、神経難病医療における主導的な役割を果たしてきた同院。日常生活のQOL(生活の質)を著しく低下させ、治療や療養に多大な労力を伴う神経疾患の患者と家族にとって、多くの医師が幅広い診療を担い、内科的・外科的治療を中心にリハビリテーションや在宅医療にも対応する同院の存在は、まさに人生をともにする伴走者でもあるだろう。「あらゆる神経難病、および脳神経疾患とともに生きる患者とその家族に寄り添い、全人的医療を提供すべく力を尽くしたい」と話す高橋一司院長に、同院の特徴や今後の展望などを聞いた。(取材日2024年12月9日)
まずは、病院設立の背景から教えていただけますか?

1950年代に、消化器症状に続いて下半身や視覚に神経系の症状が出るスモンという病気が国内の至るところで発生しました。原因不明の難病とされたスモンですが、ある整腸剤の副作用であることを、後に当院の初代院長を務める椿忠雄先生が指摘し、その後の新たな患者の発生を抑えることにつながりました。スモンの患者の皆さまがこのことに希望の光を見出し、難病に特化した専門病院の建設を都に陳情したことがきっかけになって、1980年に設立されたのが当院です。こうした背景を踏まえて考えると、都立神経病院は患者の皆さまによってできた病院であるといえるでしょう。開設からの経緯は、「あらゆる神経・筋疾患、特に神経・筋難病に対して、高度かつ専門的な脳神経系の総合医療を提供し、研究・教育病院としての性格を併せ持ちながら、医療、予防、福祉に至る過程の中核病院としての使命を果たす」という基本理念にも通じています。
病院の特徴についてお聞かせください。

当院は、脳神経疾患の包括的な医療に特化した難病診療連携拠点病院です。脳神経疾患の種類や患者さんの年齢を問わず、病気の発症以降のあらゆる患者さんを専門性も高く診ることができる点が一番の強みです。患者さんが通院できなくなってからも診療が継続できるよう、在宅医療にも取り組んでいます。始めた当初は、当院と患者さんの1対1のパイプだったものが少しずつ広がって、現在は当院が地域の在宅医療のハブとして機能していくこともめざしています。引き続き、専門医療機関である当院が担うべき急性増悪時の受け入れ体制や地域療養支援といった機能の強化と並行して、緊密かつ双方向性の連携を推進してまいります。また、私たちは「患者中心の医療」を基本理念に、疾患と生きる患者さんに寄り添う「全人的医療」の実践をめざしています。究極的には、患者さんが最期を迎えるその時まで並走してこそ、全人的医療を全うしたといえるのではないでしょうか。
まさに、患者さんに寄り添う医療ですね。

そのために力を入れているのが、新しい治療薬を1日でも早く患者さんへ提供することです。近年では、神経難病にも遺伝子治療薬や分子標的薬といった新しい治療薬が登場して実際に患者さんに使えるようになるなど、治療が目覚ましい進歩を遂げています。それらの新しい治療薬は、病気の進行を抑えることで患者さんのQOLが維持・改善できることをめざしています。このような治療を疾患修飾療法といいますが、身体機能の低下をできるだけ抑える治療が、本当に現実のものとなりつつあります。また、神経難病の患者さんの終末期まで関わるため緩和ケアにもチームで取り組んでいます。患者さんとそのご家族がどのような人生の締めくくりを望むか、医療スタッフと一緒に考えるアドバンス・ケア・プランニング(ACP)も取り入れながら、最期まで心身ともにお任せいただける存在でありたいと思います。
今後は、総合的な難病医療の拠点になることが決まっていますね。

これまでも、希少な神経難病だけでなく急性脳症、ギラン・バレー症候群、乳児けいれんといった急性神経疾患の診療も重視してきました。将来的にはほぼすべての脳・神経系および免疫系の難病に均てん化された高度専門医療を包括的に提供する病院をめざしています。そのために設置したのが「疾患領域別部門」です。例えば、その中のてんかん総合治療センターでは、てんかんを専門とする医師が、脳神経外科や神経小児科、脳神経内科、神経精神科の各診療科と連携し、薬物療法から外科的治療まで対応しています。現在は、ALS(筋萎縮性側索硬化症)、MND(運動ニューロン疾患)、パーキンソン病、運動障害疾患の領域でもそれぞれ専門施設を設置。専門の医師をはじめとする多職種がチームとなり、診断から治療、緩和ケアなどまでのすべてをサポートすることをめざしています。今後は神経免疫疾患治療を専門とするセンターも開設する予定です。
最後に、読者にメッセージをお願いします。

神経難病には、進行を抑えるための治療法や根本治療法の開発など多くの課題がありますが、近年では特に、進行を抑える目的の疾患修飾薬が目覚ましい進歩を遂げています。当院では、新しい治療薬を1日でも早く患者さんのもとへ届けるための取り組みも日常的に行っています。特に医薬品の作用や安全性を確認するための治験には力を入れていて、限られた専門施設で少数の患者さんを対象としたフェーズ2の治験や、全国規模で多数の患者さんを対象としたフェーズ3の治験に積極的に取り組んでいます。今後はこれらの取り組みのほかにも、未来の難病治療を支える若手の育成にも、専門病院の使命として取り組んでいきたいですね。そして、もちろんすべての根底にあるのは患者さんに寄り添う全人的医療、そして最新の医療と考えています。

高橋 一司 院長
1987年慶應義塾大学医学部卒業。1991年同大学大学院終了。米国ペンシルベニア大学、国立病院機構東京医療センターで脳神経内科・脳循環代謝の領域で研鑽を積み、慶應義塾大学医学部神経内科専任講師、東京都立神経病院脳神経内科部長、埼玉医科大学脳神経内科教授などを経て2020年4月より現職。専門領域は、パーキンソン病やALSをはじめとする神経変性疾患。医学博士。