鼠径ヘルニアの手術方法
完全腹膜外修復法(TEP法)について
東京大学医科学研究所附属病院
(東京都 港区)
最終更新日:2023/12/01


- 保険診療
- 鼠径ヘルニア
足の付け根の鼠径部付近で、腸などの臓器が腹膜外に飛び出してしまう病気の鼠径ヘルニア。治療は手術が中心で、手術法には、鼠径部を切開しヘルニアを処理する前方到達法と、腹腔鏡を使用して内側から処置を進める腹腔鏡下修復法の2種類があり、さらに、腹腔鏡下修復法は、経腹的腹膜外修復法(TAPP法)と、完全腹膜外修復法(TEP法)に分けられる。他の消化器外科手術と同様に鼠径ヘルニアも腹腔鏡下による低侵襲手術の普及が進んでいるが、専門的な技術を必要とするTEP法を行う施設はまだ少ないという。大腸がんの分野で専門家が集結し質の高い医療の提供をめざす「東京大学医科学研究所附属病院」の外科では、このTEP法を積極的に実施している。そこで、この術式について門間聡子先生に詳しく聞いた。(取材日2023年9月15日)
目次
低侵襲手術のTEP法は腹壁の中で手術を完了。臓器損傷や腸閉塞などの合併症を抑えることをめざす
- QTEP法とTAPP法の違いについて教えてください。
- A
TEP法は侵襲も少なく合併症も起こりにくいと話す門間先生
TAPP法はおなかの中に器具を入れて手術を行います。腸や他の内臓と同じ空間で手術をするため電気メスが腸に当たって穴が空くリスクや、腹膜を縫い合わせる際に癒着したり縫い目の隙間に腸が入って腸閉塞になったりなど合併症が起こる可能性があります。一方、TEP法はおなかの中に器具は入れず、おなかの壁の隙間を丁寧に開いて空気で膨らませて空間を作り、その中だけで手術を進めていきます。空気を抜くと腹膜と腹壁が自然にくっつくので縫合の必要がなく、術後の腸閉塞や癒着が少ない、腹腔内臓器に配慮した手術です。また過去に腹部手術を受けた患者さんでも腹腔内の癒着の影響を受けにくい手術で、安全性に配慮しているのも特徴です。
- Q前方到達法と比べてTEP法が優れている点はどこですか?
- A
たくさんの緑に囲まれたキャンパスの中にある病院
TEP法をはじめ腹腔鏡下のヘルニア手術の大きなメリットは、内臓が飛び出す出口になっているヘルニア門を、直接確認しながら適切な場所にメッシュを置けることです。切開をする前方到達法と腹腔鏡を使用するTEP法との大きな違いは傷の大きさで、当院で行うTEP法は3mm〜10mmと傷が小さいのが特徴です。それに対して、前方到達法は一般的に4cm以上の傷ができ、痛みもあるため高齢の患者さんは1週間以上の入院が必要になることもあります。また、傷の真下にメッシュが置かれるので感染のリスクも高まり神経痛などの合併症も起きやすくなります。TEP法のほうが入院期間が少なく早期社会復帰が期待できるとされています。
- Q治療を行う上でのTEP法の特徴はどんなことでしょうか?
- A
傷口が小さく、痛みが少ないのが、腹腔鏡下修復法の特徴
TEP法はカメラの映像をモニターに映し出すことで近接視野で行える非常に精緻な手術で、血管や神経などの細かな構造物の損傷を回避することができます。前方到達法はヘルニア門を目で確認するのが難しいですが、腹腔鏡下ではよく見え、弱くなっている所を見極めながらメッシュを当てられるのが良い点と言えます。また、当院のTEP法はメッシュを固定しないため、器具を使ってメッシュを固定することによる神経損傷が起こる可能性が少なく、近年国内でも注目されている術後慢性疼痛も発症しにくいことが期待できるという強みがあります。体への負担が少なくなるのは大きな特徴になります。
- QTEP法は、なぜまだ国内で広がっていないのでしょうか?
- A
TEP法を行う門間先生と招聘講師の小島医師
狭小空間で行う手術であるので術中の解剖学的な認識が難しいこと、特有の手術操作を必要とするために習得に時間がかかること、が主な理由と考えられています。また、TEP法に精通した医師が国内に少なく指導できる医師がいない施設には広がりにくいというのが現状です。TEP法は簡単に習得できる術式ではありませんが、先にお話ししたように患者さんへのメリットは大きいので、当院では、TEP法の手術経験が豊富でヘルニア学会評議員である当院招聘講師の小島成浩医師とともに、積極的にTEP法で手術しています。神経一本一本に気を配った繊細な手術で、細心の注意を払って手術の合併症を減らし後遺症を残さないよう心がけています。
- QTEP法を行えないケースはあるのでしょうか?
- A
患者一人ひとりの状況に合わせて適切な手術術式を選択
鼠径ヘルニアの大部分の場合でTEP法は有用な術式であると考えていますが、常に有用というわけではなく、別の術式が良い場合や、TEP法が困難な場合があります。例えば、妊娠や出産の可能性がある若い女性の場合には、人工物であるメッシュの使用自体の妊孕性に関する安全性が保証できないため、TEP法を含むメッシュを使用した術式は行っていません。また、男性で前立腺がんの手術を受けた方の場合では、手術部位に高度の癒着が生じているために、TEP法を行うのが困難なことがあります。すべての場合でTEP法を、というわけではなく、当院では患者さん一人ひとりの状況に合わせて適切な手術術式を選択しています。

門間 聡子 先生
2007年福井大学医学部卒業。東京都立多摩総合医療センター、国立がん研究センター中央病院、行徳総合病院、河北総合病院を経て、2022年10月より現職。専門は消化器外科、一般外科。日本外科学会外科専門医、日本消化器外科学会消化器外科専門医、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。診療では、患者が抱く疑問や不安などを、なんでも話してもらえる雰囲気づくりを大切にしている。