鼠径ヘルニアの手術方法
完全腹膜外修復法(TEP法)について
東京大学医科学研究所附属病院
(東京都 港区)
最終更新日:2024/11/15
- 保険診療
- 鼠径ヘルニア
足の付け根の鼠径部付近で、腸などの臓器が腹膜外に飛び出してしまう鼠径ヘルニア。治療は手術が中心で、手術法には、鼠径部を切開しヘルニアを処理する前方到達法と、腹腔鏡を使用して内側から処置を進める腹腔鏡下修復法の2種類があり、さらに、腹腔鏡下修復法は、経腹的腹膜外修復法(TAPP法)と、完全腹膜外修復法(TEP法)に分けられる。ほかの消化器外科手術と同様に鼠径ヘルニアも腹腔鏡下による低侵襲手術の普及が進んでいるが、専門的な技術を必要とするTEP法を行う施設はまだ少ないという。各分野の専門家が集結し質の高い医療の提供をめざす「東京大学医科学研究所附属病院」の外科では、このTEP法を積極的に実施している。この術式の特色などを門間聡子先生と小島成浩先生に詳しく聞いた。(取材日2024年9月25日)
目次
低侵襲手術のTEP法は腹壁の中で手術を完了。臓器損傷や腸閉塞などの合併症を抑えることをめざす
- QTEP法とTAPP法の違いについて教えてください。
- A
【門間先生】TAPP法ではおなかの中に器具を入れ、腸やほかの内臓と同じ空間で手術をするため電気メスが腸に当たって穴が空くリスクや、腹膜を縫い合わせる際に癒着する恐れ、縫い目の隙間に腸が入って腸閉塞になるなど合併症が起こる可能性があります。一方、TEP法はおなかの中に器具は入れず、おなかの壁の隙間を丁寧に開いて空気で膨らませて空間をつくり、その中だけで手術を進めます。空気を抜くと腹膜と腹壁が自然にくっつくので縫合の必要がなく、術後の腸閉塞や癒着が少ない、腹腔内臓器に配慮した手術です。また、過去に腹部手術を受けた患者さんでも腹腔内の癒着の影響を受けにくい手術で、安全性に配慮しているのも特徴です。
- Q前方到達法と比べてTEP法が優れている点はどこですか?
- A
【門間先生】TEP法をはじめ腹腔鏡下でのヘルニア手術の大きなメリットは、内臓が飛び出す出口になったヘルニア門を直接確認しながら、適切な場所にメッシュを置けることです。切開をする前方到達法と腹腔鏡を使用するTEP法との大きな違いは傷の大きさで、当院で行うTEP法は3〜10mmと傷が小さいのが特徴です。それに対して、前方到達法は一般的に4cm以上の傷ができ、痛みもあるため高齢の患者さんは1週間以上の入院が必要になることもあります。また、傷の真下にメッシュが置かれるので感染のリスクも高まり神経痛などの合併症も起きやすくなります。TEP法のほうが入院期間が少なく早期社会復帰が期待できるとされています。
- Q治療を行う上でのTEP法の特徴はどんなことでしょうか?
- A
【門間先生】カメラの映像をモニターに映すことで近接視野で非常に精緻な手術が行え、血管や神経など細かな構造物の損傷を回避できます。一方、前方到達法はヘルニア門を目で確認するのが困難ですが、腹腔鏡下ではよく見え、弱くなっている所を見極めてメッシュを当てられます。また当院のTEP法はメッシュを固定しないため、器具を使って固定することで起こる神経損傷のリスクが少なく、術後慢性疼痛も発症しにくいことが期待でき、体への負担が少ない点が特徴です。
【小島先生】鼠径ヘルニアの手術には多くの術式が存在しますが、患者さんには術式ごとの特徴を説明し、納得した上でTEP法を選択していただくように努めています。
- QTEP法は、なぜまだ国内で広がっていないのでしょうか?
- A
【門間先生】狭小空間で行う手術のため術中の解剖学的な認識が難しい、特有の手術操作の習得に時間がかかるなどが主な理由と考えられます。また、TEP法に精通した医師が国内に少なく、指導できる医師がいない施設では広がりにくいのが現状。TEP法は簡単に習得できる術式ではありませんが、患者さんへのメリットは大きいので、当院ではTEP法の手術経験が豊富で日本ヘルニア学会評議員である当院招聘講師の小島医師とともに、積極的にTEP法で手術しています。
【小島先生】当院はTEP法を行える施設として、神経一本一本に気を配った繊細な手術で、手順を十分に確認しながら合併症を減らして後遺症が起きないよう心がけています。
- QTEP法を行えないケースはあるのでしょうか?
- A
【門間先生】鼠径ヘルニアの大部分の場合でTEP法は有用な術式であると考えていますが、常に有用というわけではなく、別の術式が良い場合や、TEP法が困難な場合があります。例えば、妊娠や出産の可能性がある若い女性の場合には、人工物であるメッシュの使用自体の妊孕性に関する安全性が保証できないため、TEP法を含むメッシュを使用した術式は行っていません。また、男性で前立腺がんの手術を受けた方の場合、手術部位に高度の癒着が生じているために、TEP法を行うのが困難なことがあります。すべての場合でTEP法を、というわけではなく、当院では患者さん一人ひとりの状況に合わせて適切な手術術式を選択しています。
門間 聡子 先生
2007年福井大学医学部卒業。東京都立多摩総合医療センター、国立がん研究センター中央病院、行徳総合病院、河北総合病院を経て、2022年10月より現職。専門は消化器外科、一般外科。日本外科学会外科専門医、日本消化器外科学会消化器外科専門医、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。「診療では、患者が抱く疑問や不安など、なんでも話してもらえる雰囲気を大切にしています」。
小島 成浩 先生
2003年三重大学医学部卒業。千葉大学医学部附属病院、彩の国東大宮メディカルセンター、国立がん研究センター東病院などを経て2022年10月より現職。専門は消化器外科学、特に鼠径ヘルニアと大腸がんの腹腔鏡手術。日本外科学会外科専門医、日本消化器外科学会消化器外科専門医。「患者さん一人ひとり、手術一つ一つを大切にし、手術の合併症を減らすべく繊細かつ丁寧な手術を心がけています」。