医療法人財団 蔦の木会 南晴病院
(東京都 大田区)
木内 健二郎 院長
最終更新日:2025/03/04


社会復帰への希望と勇気を与える精神科病院
精神疾患は、誤解や偏見から医療へのアクセスが遅れることが少なくない。しかし、近年は少しずつ精神医療が身近になり、受診のハードルも低くなりつつあるようだ。大田区南蒲田で1966年から診療する「南晴病院」で2022年から院長を務める木内健二郎院長は、「早い段階から受診することが、早期回復への近道です」と語る。精神疾患そのものは増加傾向にあり、病態に応じた医療との接点をつくること、および治療後の生活の道筋を示すことが重要だ。同院では、木内院長自ら足を運ぶ訪問診療やデイケアなどを通じて患者とつながり、地域とともに社会生活への復帰を支援している。同院の診療の特徴や、精神科診療にかける木内院長の思いなどを聞いた。(取材日2025年1月28日)
こちらは地域に根差した病院ですね。

1966年の開院以来、同じ場所で長く診療を続けています。当時から建物は変わっておらず、レトロな洋館のような外観が特徴の一つですね。昔は、「蔦の木会」の法人名どおり外壁を蔦が覆っていて、今以上に雰囲気があったようです。私が赴任した2022年には蔦が残っていましたが、今はわずかな面影を残すのみとなりました。この場所に精神科単科の病院を開院したのは、都南部地域で精神科を診られる病院が少なかったため、医療にアクセスできず困っている患者を助けたいと考えてのことだったようです。現在も、グループ病院である足立区の成仁病院が東京の北、当院が南を受け持つかたちで、連携しながら診療をしています。当院での入院治療は「希死念慮が非常に強い」「自傷行為がある」「不穏である」といった急性期は精神科二次救急指定医療機関である成仁病院に託し、急性期からの回復後は当院で継続治療をするといった対応もしています。
どのような主訴での受診が多いですか?

年齢層的には20代から40代が多く、「眠れない」「楽しいと思えない」「不安で落ち着かない」といった訴えが目立ちます。かつては精神科病院、および精神疾患に対するスティグマが今以上に多く、ようやく受診した時にはかなり重症化している方が少なくありませんでした。現在は少しずつ精神医療が身近になり、以前に比べると気軽に受診してくださっている印象です。早期受診によって、継続的な治療を必要とせずに早期の回復が見込めるケースもあります。一方で、全国的に増加傾向にある認知症の方の受診はそれほど多くありません。大田区は高齢化が進んでいる地域ではありますから、認知症の診療のニーズも高いと予想されます。物忘れなどの段階ではかかりつけ医への相談が望ましいですが、不安、抑うつ、妄想、混乱といった精神症状があるときは当院にもご相談いただければと思います。
訪問診療も行っていると聞きました。

2022年からスタートしました。きっかけは、なかなか医療につながることができず、時間がたって急激に精神症状が現れて成仁病院で入院治療になる患者さんを多く診てきたことです。精神科を受診すべき状態であるにもかかわらず家から出られない、家族も連れ出すことができない、といった患者さんと医療との間に接点を持たせるには、訪問診療が有用であると考えました。現在は、外来受診後や退院後に訪問診療での治療継続を望まれる方や、ホームページから訪問診療のご依頼をいただいた方のご自宅を、私と看護師等数人のチームで回っています。この訪問診療をきっかけに、再び通院できるようになったり、別途治療が必要な症例を専門性の高い医療機関につなげたり、少しでも事態が好転する契機になるよう、今後も引き続き取り組んでいきたいです。
患者さんやそのご家族と接する際に意識していることは?

大学生時代に、とある先輩に言われた「傲慢になるな、常に謙虚であれ」という言葉は今も強く心に残っています。人は経験を重ねると、知らず知らずのうちに自分を過信し、居丈高な態度を取ってしまうことがあります。立場にあぐらをかくことなく、常に新しい知識を求め、自分を律していきたいと思っています。精神科医療は、一人の患者さんの体と心を包括的に診て、その人なりの社会に戻れるよう支援する仕事です。その幅の広さに価値があり、医師としてのやりがいもあります。患者さんに勇気を与え、希望を見せられる存在でありたいですね。
最後に、今後の展望をお聞かせください。

当院は行動制限を要する患者さんが少なく、比較的状態が安定している患者さんが多いこともあり、新型コロナウイルス流行以前は、入院患者さんが地域のお祭りに参加することもあったと聞きました。長くこの場所で診療をしている当院の特徴をご存じの方が多いことを差し引いても、精神疾患を抱えた方の受け入れへの理解があると思われる地域性は素晴らしいなと感じます。今後は、患者さんが地域で暮らすための足がかりとして、少しずつそうしたつながりを回復していきたいですね。精神疾患を患う方にとって、当院はあくまで「社会復帰」というゴールに向けた通過点。急性期との連携や訪問診療を通して症状の安定を図り、一人でも多くの方が日常を取り戻せるように、地域とともに力を尽くしていくつもりです。

木内 健二郎 院長
三重大学卒業。東京女子医科大学病院精神科で15年、足立区の精神科救急医療機関である成仁病院で15年勤務。成仁病院院長を経て、2022年より現職。院長職の傍ら、外来診療、訪問診療の先頭に立って精力的に診療する。日本精神神経学会精神科専門医。